二つの無限


 『パンセ』のなかに「人間の不均衡」と題された長い断章がある。広大な宇宙空間とミクロの世界について語りながら、これら二つの無限の中間に位置する人間とはいかなる存在かを考察した断章である。

 まず天を眺めてみよう。太陽が描く広大な軌道に較べれば、地球など「ひとつの点」にしか見えないだろう。だが太陽の軌道にしたところで、天空をめぐるもろもろの天体の軌跡からみれば「針のあと」にすぎない。しかも宇宙はその先にまで広がっていて、われわれの思考も想像力も宇宙の無限をとらえ尽くすことはできないのである。

 次にミクロの世界に目を転じてみよう。例えばダニはどうか。このちっぽけな動物にも人間同様に関節のある脚があり、「その脚の中には血管、血管の中には血、血の中には液、液の中にはしずく、しずくの中には蒸気」がある。目に見えるかどうかという小動物の体内に小宇宙があり、その小宇宙の中にさらに微小世界が存在すると考えたら・・・ 人間は「この同じように驚くべき不可思議、微小と広大の不可思議のうちに、呆然自失する」ほかない。

 二つの無限についての考察は、十七世紀当時にあっては知の最前線にいる者にしてはじめてなし得ることだった。まだ発明されて間もない望遠鏡と顕微鏡によって、人はそれまで肉眼では見ることができなかったもの、宇宙の彼方の天体もダニのような微小生物の体内も観察できるようになったのである。

 では、自然の中に人間を置き、望遠鏡や顕微鏡で観察するかのごとく眺めてみたら、どんなふうに見えるだろう? 科学者パスカルは二つの無限のまっただ中におかれた人間の姿をこう描いてみせる。「無限に対しては無、無に対してはすべて、無とすべてのあいだの中間者で、両極をとらえるには無限に遠く隔てられている。」

 人間はどこに自らの支えを見いだしたらよいのか? パスカルがわれわれに投げかけた問いをもう少し考え続けてみたい。


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