ジャック・フィリップ『神の御前で 祈りの時間のつくりかた』

中山眞里訳(改訂新版)

内容紹介(「目次」と「はじめに」)


目 次

はじめに
Ⅰ 念祷は技術ではなく恵み
 1 念祷はキリスト教の「ヨガ」ではない
 2 すぐに問題となること
 3 信仰と信頼は念祷の基礎
  神の現存を信じる
  念祷生活の実りを信じる
 4 忠実と持続
 5 意向の純粋さ
 6 謙虚さと心の貧しさ
 7 根気強く続ける決意
  念祷生活がなければ聖性も望めない
  祈る時聞がないという問題
  神に時間を捧げても人々から時間を奪うことにはならない
  活動しながら祈れば十分か
  偽の誠実さの罠
  偽の謙遜の罠
 8 神に自分のすべてを捧げる
Ⅱ 念祷の時間をどのように過ごすか
 1 はじめに
 2 どのように祈るかという問いかけがなされない場合
 3 神の働きが優先する
 4 愛が優先する
  単純さをめざして
 5 神はイエスの人性を通して御自分を与えられる
 6 神はわたしたちの心に住まわれる
Ⅲ 祈りの生活の進歩
 1 知性から心へ
 2 傷ついた心
  念祷するとは傷を維持すること
 3 わたしたちの心と教会の心
Ⅳ 祈りの具体的条件
 1 時間
  どのような時間に念祷するか
  念祷の継続時間
 2 場所
 3 姿勢
Ⅴ 念祷の様々な方法
 1 はじめに
 2 黙想
 3 心の祈り
 4 ロザリオ
 5 祈りが困難な時にどのように対処するか
  乾き、嫌気、誘惑
  気が散る
付録1 リベルマン神父が提唱する黙想の方法
 1 崇拝
 2 考察
 3 決心
付録2 ご復活のラウレンシオ修道土の手紙による神の現存の実践
著者紹介


はじめに

 カトリックの伝統の中には、多少とも時間をかけて神の御前にとどまり、神との親しい交わりに入ろうとする「念祷」と呼ばれる祈りがあります。念祷をする、言い換えれば、このような祈りを規則正しく実行することは、神を知り、愛し、真のキリスト者の生活を送るためになくてはならない手段です。多くの霊性の大家たちもそのことを認めています。

 今日、多くの人は神に渇き、深い祈りの生活を求めて「念祷」をしたいと望んでいます。喜ぶべきことです。しかしこのような人々も、この道を本気で歩み始め、さらに忍耐強く続けようとすると色々な障害に出会います。時には念祷を決意するのに必要な励ましがなかったり、どうすればよいのかわからず途方に暮れたり、あるいはまた、何回か実行してみた後で困難にぶつかって落胆し、念祷を続けることを止めたりします。非常に残念なことです。なぜなら、念祷を根気強く続ければ「神が御自分を愛する者たちに準備された、目が見もせず、耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかったこと」(1コリント2・9)を知ることになるからです。

 ですから、この小さな本では、念祷をしたいという願いをもつすべての人を助けるために、できるだけ単純に、そして具体的にいくつかの助言と方向性を示すことにしました。この人々が念祷の道を歩み始め、その道をたどる途中で出会う、避けがたい困難に打ち負かされることなく、忍耐強くそこに踏みとどまるようにとの願いからです。

 念祷を扱った本は数多くありますし、偉大な観想家といわれる人々が念祷について語ることは、わたしたちよりはるかに優れています。しかし、念祷に関する教会の教えはもっと単純で近づきやすく、しかも現代人の感受性と言葉遣いを考慮して示される必要があると思われます。さらに、神がそれぞれの時代の人々を導かれる教育法も重要です。この教育法は必ずしも過去のものとは同じではありません。この小さな本を書いたのはこのような思いからです。